平和への祈りを込めて~下呂に残る戦争の記憶~
パストールから合掌村へ行く坂道の途中に「飛騨信貴山寺」という寺があり、その裏手の丘に白いモニュメントが建っていることにお気づきでしょうか?下呂市街からも見えるその造形は合掌をかたどったもので、昭和45年に地元の人たちによって建立された平和塔です。
壁には地元戦没者を記した合祀録のプレートが埋め込まれ、大勢の方の名前がびっしりと並んでいます。
一方、塔から少し離れた後方には祠やいくつかの石碑が立っており、そこには「回天」の文字や潜水艦のような見取り図が。「楠公社」というこちらの場所は、下呂出身の海軍少佐黒木博司氏を偲ぶ人たちによって整備された一角で、碑文には昭和39年春とあります。人間魚雷回天は第二次世界大戦末期に実際に使われ、多くの若者が命を落としました。黒木少佐はその構想にも関わった人物で、昭和19年、自ら回天に乗り込んで訓練中に24歳で殉職したのです。回天の話は、今秋、公開された話題の映画『出口ない海』でも描かれ、戦後60年あまりを経て、改めて関心が寄せられていますが、下呂にもその歴史の一端がありました。
パストールと目と鼻の先にある平和塔と回天碑は、戦争の悲しみを今に伝えています。その存在を知ることは、平和への祈りを新たなものにしてくれるのではないでしょうか。もうすぐやってくる新年が、どうか平和な年でありますように。
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- at 2007年01月16日
