温泉
HOT SPRING

呂の名泉 下呂温泉

下呂温泉は、木曽路のけわしい山々を越えなければたどり着けない、古く1000年以上の昔から続く、飛騨の霊泉と言われています。
室町時代の詩僧「万里集九」は、草津、有馬と並ぶ天下の三名泉とたたえました。

そのお湯は、アルカリ性単純泉、無色透明なまろやかなお湯です。お肌がスベスベになる事から、美人の湯とも言われています。
特に当ホテルの温泉は、独自の泉源から引いた、自信をもっておすすめできる、源泉100%の下呂温泉です。

南飛騨の四季を望む絶景の露天風呂・大浴場
OPEN AIR BATH ・ BIG BATH

女性用 露天風呂・大浴場

の露天風呂から望む 南飛騨の四季
露天風呂

下呂温泉のお湯は、美人の湯とも言われ、女性には特に人気の温泉です。ホテルパストールでは、女性にゆっくり温泉を満喫していただけるよう、檜の露天風呂をご用意いたしております。南飛騨の山々を眺めながらの露天風呂は別格です。

大浴場

もちろん大浴場の窓からも南飛騨の自然をめでることができます。また、女性用大浴場には、サウナも完備しています。日頃の忙しい日々を忘れ、こころも体もリフレッシュしてください。

男性用 露天風呂・大浴場

趣あふれる岩風呂で楽しむ 南飛騨の四季
露天風呂

南飛騨の豊かな緑が望めながら、忙しい日々を忘れ、ひと時の休息を南飛騨の風を感じながらすごしていただけます。岩風呂から望む南飛騨の四季をご堪能ください。

大浴場

疲労回復にも効果があると言われる下呂温泉。大浴場からも豊かな緑が望め、目にも優しい温泉がパストールの自慢でもあります。また、四季折々に異なる風や空気を肌で感じながらつかる下呂温泉は格別です。

下呂温泉の歴史秘話
HISTORY OF GERO ONSEN

織田信長は、天正6年(1578)春に、湯治のために飛騨を訪れたという歴史記録がある。岐阜県関市の羽渕家に伝わる『羽渕家家系図』に、「信長公岐阜より飛騨へ湯治の節、関郷を通られ当家で休憩。お供の前田利家、森長可、羽柴秀吉などのお歴々も同席され、当主の手前でお茶を差し上げたところご機嫌斜めならず…」と記されている。この頃、飛騨をほぼ制覇し、信長と盟を結んでいた姉小路頼綱(三木自綱)は、宮地城(下呂町宮地)を根城にしていたため、安全性から見て頼綱の統治下にある、下呂温泉を信長が湯治に訪れた可能性は高い。病気に無縁で、健康には無頓着だったとされる信長の湯治エピソードは珍しいです。

この下呂温泉は、草津、有馬と並ぶ「日本三大名湯」に挙げられる。その由来は、儒学者・林羅山が「我が国には多くの温泉があるが、最も著名なのが、有馬、草津、湯島(下呂)である。有馬、草津は広く世の知るところだが、湯島は古来の霊湯なことを知る者は少ない。だが入湯者はその験を得ざることなし」と書き残したことによる。実はそれより前に、室町時代の僧・万里集九が、詩文『梅花無尽蔵』に優れた温泉地として「草津、有馬、湯島(下呂)」の順で既に書き残しており、羅山はそれを引用したに過ぎない。有馬と草津の順序が入れ替わっているのは、羅山は有馬に入湯した際にその文を書いたからと思われる。残念ながら羅山が下呂を訪れた記録はない。
下呂温泉の源泉は、平安時代の中期、今の温泉街から4kmほど離れた湯ヶ峰山中で発見された。鎌倉時代に一度涸れてしまったが、飛騨川の河原から再び温泉が湧き出した。もし信長が下呂を訪れたなら、この源泉に入ったはずである。温泉街の中央を流れる飛騨川の両側には、現在も源泉が多数あり、町で集中管理し湯量、湯温を調整したうえで、旅館に配湯している。

下呂は、古くは下留(げる)といい、時を経て通称化され「げろ」と発音されるようになった。昔の呼名であった「湯島」は温泉街を見下ろす高台に「湯之島」という地名が今なお残る。